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パチスロが“文化”でなくなった日
パチスロが“文化”でなくなった日

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さん
- 投稿日:2017/03/31 06:20
2005年に初の5号機パチスロとして『新世紀エヴァンゲリオン』が登場し、そこから4号機は検定切れをもって撤去されていく流れとなりました。
パチスロの歴史を調べられるサイトなどには「2007年の夏;完全5号機時代の到来」などと書かれています。世間一般的には、2007年がターニングポイントということになるのでしょう。
5号機が登場しはじめた当時は、まだWEBではなく攻略誌の仕事がメインでした。ストック機のゲーム数テーブルをページに押し込むパズルに飽きてましてね。初期から「5号機以外は担当しない」と編集さんに宣言したら、見事に干されかけましたとも(笑)。
2007年ねえ……。もう『スカイラブ』も出てた。『小麦ちゃんマジカルて』も『美川さそり座のサラリーマン』も、とっくに出てた。プライベートでは5号機しか打っていなかったですね。って、5号機の話はクソ長くなるので書きません。
プライベート実戦が5号機へと切り替わったのは、2006年6月20日でした。
“みなし機撤去”の最終日。ストック機など、比較的新しい機種は、検定切れの3年でハズされましたが、それ以前に登場した機種をまとめて撤去させられることとなったんです。その時に設置されていたのは、4号機だけではありません。
グリンピース本店:『スーパーバニーガール(2)』『スーパープラネット(2)』『コンチネンタル(3)』『アラジンII(3)』
モナミ:『ニューペガサス(1.5)』
フジ:『アニマル(2)』『リノ(3)』
新宿だけでこれです。グリンピは初期4号機も揃ってましたが、そこは割愛。もちろん、全国にもレトロ台が残っていました。関東だけでなく、関西と新潟まで行きましたとも。『花満開』とかパチンコも打ちましたよ。
最後のお別れだけでもないんですね。これらが現役バリバリだった頃は、携帯電話も普及しておらず。店内での撮影も御法度とされていた時代。最初で最後の写メ撮影ツアーでもありました。最後の日は、錦糸町で『ベンハー(2)』を打ったっけ。
もっとも、これらのホールは、みなし機撤去のタイミングで閉店してしまったところも多く。そこの店員さんとも最後のご挨拶に。上大岡の「でんえん」もよく行ったなあ。
これが、期限が発表された2005年12月から半年の行動です。そりゃ、5号機を落ち着いて打てやしません。
ちなみに、アニマル・リノ・コンチの3機種は、裏モノ絡みで検定取消処分を受けているんですが。当時の警察はおおらかだったのはあるでしょう。それもあって、パチスロの歴史を自分の足で確認しに行くことができました。
2号機とか3号機は、私がパチスロを始めた頃に設置されていた機種たちです。中身を理解して、小さなリールの目押しも苦にならなくなったのは、ずっと後のこと。長く設置されていたから復習ができ、新たな発見をすることもできました。私より若い世代でも詳しい人、いますもんね。2006年まではそれができる環境だったのです。
裏モノであったり、射幸性が行き過ぎている機種は仕方がないかもしれません。でも、ノーマルA400タイプになんの罪があるんですかね。すべてまとめて黒歴史として消し去ってしまう。この手法に愕然としました。
クラシック音楽は流さないように。
黒澤映画とかも古いので上映禁止。
夏目漱石の小説も時代が違うので在庫も返本するように。
パチンコ・パチスロは文化になり得ない。そう感じた2006年6月20日でした。
2007年の4号機完全撤去とか、もうどーでも良かったです(笑)。
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